麻酔下での歯科処置の必要性(犬猫別に)

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麻酔下での歯科処置の必要性(犬猫別に)

重度の歯石の沈着と歯の動揺

<虫歯?歯石?歯周病?口内炎?歯槽膿漏?>
昨今犬も猫もデンタルケアが重要ということはだいぶ啓蒙がなされ、多くの方が診察の際に気になされていることに気づきます。
しかし、情報が理解しづらく少し難しいため、誤解を受けている場合も多いように感じます。まず、タイトルの曖昧模糊に用いられる病名について整理します。
齲歯(俗にいう虫歯);口腔内が酸性条件下で発生しやすく、特定の細菌が歯の表面のエナメル質が溶かしてしまう病気です。基本的には人間の病気であり、犬猫には極めて稀です。
歯石;最も目立つ病態ですが、あくまでも基礎疾患の末形成された副産物です。つまり歯石という病気な訳ではなく、例えば歯周病の細菌が原因で二次的に形成されるといった具合です。口腔内のカルシウムなどが沈着し石のようになります。
歯周病;歯茎と歯の隙間(歯周ポケット)に細菌が入り込み増殖、バイオフィルムと呼ばれるバリアーを形成しコロニー(集団)を形成します。この影響で、歯肉が赤く炎症を起こし、さらに歯根が浮いてきます。最悪、歯が動揺し(ぐらつき)抜けてしまいます。歯の上の方を溶かすのではなく、下の方の問題であることがポイントです。
口内炎;ビタミン不足や抗原抗体反応その他の原因が惹起した炎症が、口腔内の歯肉を犯す病態です。人間だとビタミン不足の口内炎、ヘルペス性の口内炎が有名です。
歯槽膿漏根尖膿瘍);歯周病が進行し、歯根に膿が溜まっている状態です。ここから膿が出ている状態を歯槽膿漏と表現し、歯根の奥深くに膿溜まりができていれば根尖膿瘍と言います。

人は虫歯(齲歯)が多いですが、犬と猫の歯の病気はそれぞれで口の中の環境が全く違います。そのため病態も治療法もかなり異なります。
では、まず犬の方から解説します。

犬の歯周病ー根尖膿瘍

犬の口腔内はアルカリ性で、この環境で増えやすい細菌が歯槽ポケットに入り込み炎症を引き起こします。そのため犬の場合、歯周病と呼びます。歯槽ポケットの炎症のせいで歯肉が赤くなり、これを歯肉炎と呼びます。その歯槽ポケットで形成されるプラーク(細菌が籠城しているバイオフィルム)が原因であり、歯石は病態の主体ではないのです。もちろん歯石の存在は問題で、これがあるとより口腔内の細菌が増殖しやすくなります。つまり、治療は「歯石を取るだけ」ではなく、歯槽ポケットのプラークを掻き出すキュレッティング必要があるわけです。無麻酔で歯石を取るサービスをしている業者を見受けますが、そもそも獣医師法違反であり、極めて危険です。見た目はきれいになりますが、プラークはそのままですから無意味です。さらに歯石を取った(スケーリング)後に歯を磨かないとポリッシング)歯の表面を傷つけたまま放置することになり、さらなる歯石の沈着を助長します。また、抗生剤の効果は一時的であり、外科的な介入が必須です。

歯周病には多くの合併症が報告されており、放置することは大問題です。
肝炎、肝障害
胆管炎
慢性腎臓病の増悪因子、腎盂腎炎
疣贅性心内膜炎
炎症性腸症            etc

決して臭いから、汚いから処置するのではありません。

歯槽ポケット内のプラークによる歯肉炎が進行すると、歯根に侵食が進みます。すると人間のように歯が溶けるのではなく、歯根が溶けてゆきます。そのため、比較的歯の上はしっかりした状態のまま歯根だけがグラグラし、最終的には抜けてしまうのです。
ここまで進行してしまうと鼻水鼻出血に発展することも多いです。犬の歯根は深く、鼻道と漸近しているため、炎症が鼻の方まで波及するのです。最悪、鼻と鼻道が貫通することもあります(口鼻腔ろう)。

人の歯のモデル 犬はこれより根が深い

<根尖膿瘍とは?>
歯槽ポケットの感染が深化し、歯根の尖端に膿だまりを作ることを根尖膿瘍と呼びます。上記のように、グラグラになって抜けてしまう場合はその隙間から排膿されます。一方で歯がしっかりしたまま根尖膿瘍となった場合、鼻汁鼻出血鼻の横が腫れるといった事態に進行します。この場合、残念ながら原因となる歯を探索した上で抜歯を行わなければいけません
犬歯など太い歯の場合、抜歯した後に洗浄し、さらに傷口を閉じる必要があります。大きな歯を抜くわけですから穴はぽっかりと大きく開いてしまいます。そのため特殊な術式(粘膜フラップ)を用いることになります。

 

 

下の症例は、難治性の鼻炎でセカンドオピニオンを受けたダックスさんです。
一度前院で歯科処置を受けていたそうなので、一見綺麗に見えます。しかし、レントゲンで犬歯が原因と判明し、手術となりました。

次は慢性化した根尖膿瘍が放置され骨にまで影響が出た、16歳ビーグルの症例です。
左の鼻(マズル)に硬い膨らみが確認されます。口を開けてみると歯の根っこが膨らんで硬くなっていました。つまり根尖膿瘍が慢性化し骨のドームを形成していたわけです。この場合、骨をドリルで処理するような手術が必要となります。

猫の口内炎

一方、猫の口内炎は全く違った病態が問題になります。

詳しく分かっていない部分もありますが、主に口腔内のウイルスに対する免疫反応の結果、自分の歯肉に間違った免疫攻撃がなされていることが主因と考えられています。
そのため犬と違って、抗生剤ではなくステロイドに反応します。しかしこれも一時的であり、効果も限定的です。ステロイド内服の副作用にも気をつかわなくてはいけないですから、猫の口内炎も基本的に外科疾患です。

ですから理論的に考えれば、治療のコンセプトは「自己免疫反応の攻撃先をなくす」ことです。つまり、抜歯し、腫れた歯肉を切除することです。

<全臼歯抜歯>
炎症の主体は臼歯で起きることが一般的です。そのため犬歯を残して臼歯を抜歯する術式がよく行われます。

<全歯抜歯>
残念ながら犬歯にも強い炎症が起きている場合や重症の症例では犬歯を含め全ての歯を抜歯します。
大きな決断が必要ですが、治療反応はとても良いです(食べ物の消化能力には一切影響しません)。

人間の感覚でいくと、「歯が無くなって大丈夫か?」「ご飯は食べられるのか?」と心配になります。しかし、肉食動物の彼らにとって歯は元来「獲物から肉を引き裂く」作用しかありません(裂肉歯)。そのため抜歯は消化分解能力には影響しません
口内炎の猫ちゃんは強い痛みに苦しんでいます。全臼歯抜歯をした後の痛みは否めませんが、きっとその後に痛みは軽減、あるいは解放されるはずです。

といえ、やはり抜歯はあまり気持ちのいい処置ではありません。どうか年をできるだけ取らないうちに、犠牲となる歯が少しでも少ないうちに、歯科処置をしてあげてください。


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 腫瘍科認定医 瀧口 晴嵩