エンセファリトゾーン、スナッフル、毛球症?
医療の世界は常に日進月歩ですから、ひと昔前の常識がひっくり返ることは度々あります。
ましてや、うさぎの医療はまだまだ発展途上なので、誤解されていたことや、いまだに誤解されたままのことだらけです。
この状態から身を守るには(我が子を守るには)、うさぎの飼い主様は特に、自身が正しい知識を備えておかなければいけません。
今日はよくある誤解をご紹介したいと思います。
1)「うさぎの斜頸、ローリング=エンセファリトゾーン症」は本当か?
古くからよく知られている「うさぎのエンセファリトゾーン症」はエンセファリトゾーンと呼ばれる寄生虫が引き起こす病気です。
脳に寄生すれば一般的には斜頸や眼振、ローリング(旋回)といった症状を示します。この症状ばかりが有名になって一人歩きしていますが、他にも目に寄生してぶどう膜炎を起こしたり、腎臓に寄生し肉芽腫を形成するため腎不全の原因になることも多いです。
エンセファリトゾーンはそもそも母親から感染しますから、普通はかなり若いうちに発症します。大人になってから斜頸を起こした場合は、エンセファリトゾーンもありえますが、脳炎、脳腫瘍、中耳炎も疑います。
エンセファリトゾーン症の検査として抗体検査が行われていますが、この検査の結果はかなり慎重に扱わなくてはいけません。斜頸を起こしていない元気なうさぎさんに抗体検査をランダムに行ったところ40%ほどが陽性だったのです。そして実際にエンセファリトゾーン症と確定診断されている症例の全てが陽性なのではなく、かなりの症例が偽陰性という結果であったという報告もあります。感染することと、体で抗体が作られることは決してイコールではないのです。検査の結果はあくまでも参考です。
当時はうさぎのファームの管理が悪く、エンセファリトゾーンが蔓延していたようですが、現在においては減ってきている病気です。斜頸やローリングのうさぎの皆がエンセファリトゾーンな訳ではないです。
ただし高齢になって日和見的に発症する場合もありますので、否定はできません。逆にかなり若くて、腎臓の構造も粗造でぶどう膜炎もあれば、おそらくエンセファリトゾーン症です。
2)「うさぎのくしゃみ=スナッフル」は本当か?
獣医大学の授業でもいまだにスナッフルという病気がうさぎのくしゃみの代表的疾患であるように教えられています。スナッフルとは主にパスツレラやボルデテラと呼ばれる細菌が、上部気道に感染することで鼻汁や流涙を呈する病気であると説明されています。
感覚としては犬で言うところのケネルコフや猫の鼻風邪に値するのですが、純粋なスナッフルは実際には特殊な条件下でないと発生しない病気です。あくまでも実験動物としてのうさぎの病気であり、密度の高い劣悪な飼育環境で強いストレスを受け、幼若な個体に発生するものですから、コンパニオンアニマルを診察する動物病院ではあまり遭遇しません。
実際にくしゃみや流涙を診察した場合、その原因はほぼ、①歯の問題②鼻涙管の問題に集約されます。
ひどい流涙の原因を探るため、口腔内を検査すると不正咬合が見つかることが一番多いパターンに感じます。
3)毛球が鬱滞の直接的な原因にはならない
最後に最も大切なお話です。
うさぎが食べなくなった=「毛球症」と言う固定観念について説明をさせていただきます。「毛球症」の定義は、換毛期などに、自らの体毛を大量に摂取することよって胃腸の動きが止まることです。確かに換毛期に食滞になることはありますし、その時の便は右の写真のように毛で便が数珠つなぎになっていることがありますから、昔は「毛球症」と信じられてきました。
しかし実際にはうさぎの腸はかなりキャパシティーが高く、自分の体毛は何の問題もなく排泄できます。うさぎはもともと自分の毛を摂取していますが、牧草の繊維の中に紛れて出てくるため、コロコロの便にカプセルされて目につきません。つまり「毛球が詰まる→食べない」のではなく、「食べない→便が減る→毛が目立つようになる」と言うだけのことなのです。
このような背景を受け、現在では「毛球症」と言う表現は用いず、「うさぎの消化器機能低下症候群(RGS)」とか、単純に「食滞」や「消化管うっ滞」と表現しています。換毛期に食滞が起きるのは、単純に季節の変わり目で胃腸炎が起きたというだけです。
すると当然治療法も変わってきます。以前は毛球そのものが悪いと思われていましたから、毛球を溶かすと噂されているパパイヤやパイナップルを食べさせたり、毛を流し出す滑らかなペーストの薬が流行った時期がありました。しかし、これらの治療法の効果を支持する文献は一切ありません。正しい治療法は、胃腸運動改善薬を用いたり、点滴で循環を確保することです。もちろん基礎疾患の探索は大前提です。ただし、①鬱滞が起きる②腸の動きが悪くなる③本来流れるはずの毛が詰まる。ということはおきえます。この場合、最悪外科的に摘出しないといけない時はありますが、極めてまれです。
また、盲腸内の細菌バランスを整えるために乳酸菌が用いられることもありましたが、効果のほどは証明されていません。