うさぎの膿瘍
「膿瘍」とはなんらかの原因により体の一部に膿が溜まり形成された袋状の構造物を指します。
犬や猫の場合、噛まれた場所に膿が溜まったり、肛門のう腺に大腸菌が逆流して膿瘍を形成、いずれ肛門腺破裂を起こすことが有名です。
治療コンセプトは極めて単純で、排膿して抗生剤を投与すれば比較的簡単に治ります。野良猫ちゃんだと野生下では排膿するまで痛いのを我慢して、その後自然に治るという経緯をたどっているはずです。
一方でうさぎは膿瘍の原因や特性、治療法が大きく異なります。
1)原因
うさぎの膿瘍のほとんどは「根尖膿瘍」です。
根尖膿瘍とは歯と歯槽骨の隙間から細菌が侵入し、歯の根っこに膿瘍を形成することです。チモシーを十分に食べていないことなどにより不正咬合となり、歯根に無理な力がかかることが主な原因となります。
上顎の根尖膿瘍であれば当然上顎に膿瘍が形成され、それが目の近くであれば最終的には目を押し出すような「眼窩膿瘍」に発展したり、最悪脳にまで浸潤します。下顎であれば下顎から首にかけての膿瘍を形成します。
2)うさぎの膿瘍の特徴(困ったポイント)
うさぎの膿は彼らが草食動物であるということが原因で、本当に厄介な特性を備えています。
1つは彼らの歯の生え方に関係があります。一生伸び続けるうさぎの歯はいわゆる「歯根」が厳密には存在しません。骨と結合組織、歯の3つがしっかりと別れておらず、ここに膿瘍が形成されると骨の方まで簡単に浸潤してゆきます。うさぎの頭蓋骨はその重さを減ずるためにスポンジのような構造をしており、そこに膿が染みこむように入り込むと絶望的に根治が難しくなります。
さらに、生態系において弱者である草食動物にとって排膿したり、出血することはご法度であり、簡単に天敵に見つかってしまう危険な行為です。そのため、膿瘍ができても排膿しないで体の中に溜め込んでおくシステムが存在します。膿瘍の周りに厚い被膜を形成したり、膿瘍の中で好中球の働きが鈍るような機構が確認されています。
最後に、治療に用いられる抗生剤の問題もあります。抗生剤は基本的に膿瘍の中までは効きづらいのですが、膿の中でも比較的作用してくれる抗生剤がいくつかあります。しかしうさぎの場合、腸内細菌がナイーブな草食動物のため、使える抗生剤がかなり限定的であり、膿瘍に効く抗生剤がありません。
結論としては基本的にうさぎの膿瘍は完治せず、付き合ってゆくものです。さらに言うと、膿瘍の原因となる基礎疾患を放っておかないことが重要です。
3)治療法
決して犬猫のようにメスで排膿して傷を閉じてはいけません。針で膿瘍を吸引して抗生剤を処方するのも、無意味なだけではなく悪化させる可能性の高い危険な処置です。間違いなく2-3日後に元通りのサイズに戻り、何度も針を刺入することで膿は周囲の組織に拡散され、手のつけられない状態になってしまいます。
必ず、手付かずの状態から手術を行わなければいけません。上記のように傷を閉めても膿は必ず奥からどんどん作られ続けますから、できるだけ奥まで綺麗に膿をかき出した後に、傷口を開けておかなければいけません。一見見た目の問題から敬遠したくなる方法ですが、この穴から定期的に膿を取り出す処置をストレスなく行えるため、最も良い予後が得られます。当院ではこの傷口をレーザーで焼烙してお返しします。定期的に消毒にいらしていただき、その過程でだんだんと傷口がふさがってゆきます。完全に塞がってしまうとしばらくしてからまた膨らむことが多く、この場合また同じことを繰り返します。少し手間のかかる治療ですが、明らかに最も良い成績が得られる治療法です。
うさぎの膿瘍の治療にはかなりの経験と、専用の設備が必要であり、脳や目のすぐ近くにメスを入れることになるためかなり高度な技術と慣れが必要です。実際、当院で県外からいらっしゃる患者様の場合、この病気が最も多いように感じます。
あくまでも膿瘍は治らないものですから、膿瘍にならないようにすることが我々獣医師と飼い主さまの使命です。ほとんどが歯の問題ですので、飼い主様には食事の管理をお願いいたしたいですし、我々も歯の異常を見逃さない様にしなくてはいけません。この場合前歯だけでは全く意味がなく、定期的に奥歯(臼歯)の健診が必要です。