膝蓋骨内方脱臼
「膝蓋骨内方脱臼(しつがいこつないほうだっきゅう)」
とは、膝のお皿(膝蓋骨)が本来ある場所から脱臼してしまう病気であり、国内にいる小型犬のほとんどが好発犬種です。特に、トイプードルやチワワ、ポメラニアンに多いですが、ビーグル、柴犬でもしばしば遭遇するとてもポピュラーな整形外科疾患です。
<膝蓋骨の役目>
そもそも膝蓋骨(膝のお皿)はなぜ必要なのでしょう?
膝蓋骨は、上では太ももの太い筋肉(大腿四頭筋)と靱帯で繋がり、下では下腿骨(スネの骨)と繋がっています。ですから、膝を曲げ伸ばしする際に膝蓋骨がまっすぐに、上下に移動してくれればスムーズな屈伸を実現できるはずです。そのために膝蓋骨は滑車溝と呼ばれる溝(レール)の上を、まさに滑車のように滑る構造になっているのです。
また、膝の間には十字靱帯と呼ばれる靱帯が存在し、動物がブレーキをかけた時にその張力を受ける働きをしています。膝蓋骨が正しい場所(真っ正面)にいてくれることで、この十字靱帯への負担の軽減にもなっているのです。
<膝蓋骨内方脱臼の原因>
①膝蓋骨を滑らせる滑車溝が浅いため(主に内側の)
②関節包がゆるいため
③内側に引っ張る筋肉の張力が強いため
などいくつかの要因が複合的に原因となります。すると膝蓋骨は溝から外れ、足の筋肉のアラインメント(配列)が乱れ、正常な歩行ができなくなります。
好発犬種が存在することからわかるように、これらは生まれつきの問題です。
<症状>
膝蓋骨が溝から外れ、足の筋肉のアラインメント(配列)が乱れることで症状が出ます。
・跛行する
・足を挙上する(一般的には外れている間だけで一時的)
・パキッと音がする(外れる時の音)
・段差などを慎重に歩く(外れそうだから)
重症度によってグレーディングされています。
GradeⅠ
普段は外れないが、触診により外すことができる
GradeⅡ
普段勝手に外れることがある
GradeⅢ
常に外れているが、触診により戻すことができる
GradeⅣ
常に外れており、戻すことすらできない
<治療法>
物理的な問題に端を発する整形外科疾患ですから、当然手術をするしかありません。
GradeⅠは手術をするメリットは基本的にはありません。
GradeⅡは外れる頻度によっては手術した方が良いと言われています。
GradeⅢとⅣ以降は手術適応です。
手術をすべき状態であるのにも関わらず長年放っておくと、膝蓋骨が外れるたびに関節粘膜を傷つけ、治療成績が悪くなったり、最悪歩けなくなります。
GradeⅢの症例だとずっと外れたままですから、靱帯が伸びきってしまい、逆に症状が消えたように見えることもあります。しかしこの間も膝蓋骨はずっと、溝ではない場所で擦られ続けているため、いずれ関節がボロボロになります。また膝蓋骨が正常な位置にいないことにより、十字靱帯の断裂に繋がることも多いため早急な対応が必要です。
<GradeⅡの症例>
ポメラニアン 1才
足を挙上する頻度が最近になって増えてきた
手術適応と判断されます。手術のコンセプトは、
・滑車溝の造溝(深くする)
・関節包の縫縮(緩んだ関節包を引き締める)
・内側筋膜のリリース(外れる方向に引っ張る筋肉を外す)
・脛骨粗面転位術(膝蓋骨の付着部を外側に移動させる)
の4つです。
だいたい2、3日で歩き出し、1週間後には普通に歩くことが多いです。
このように早期に手を打てば良いのですが、一筋縄ではいかない症例についてもご覧ください。
<GradeⅢの症例>
トイプードル 13才
何年も膝蓋骨内包脱臼と診断されていたが、様子見とされていた。
足を挙上しなくなっていたが、最近急に痛がるようになった。
典型的なGradeⅢの放置されたパターンです。
治療を施されないまま時間が経つと、靱帯が伸びきってしまい、一見跛行が治ったように見えます。しかし実際はずっと外れたままのため、関節粘膜の損傷は悪化の一途をたどり、前十字靱帯断裂を起こすことも多いです。
この症例は膝蓋骨内方脱臼の手術に加え、前十字靱帯断裂の手術もしました。
今は元気に走れるようになっていますが、やはり回復に時間がかかりました。
<GradeⅣの症例>
トイプードル 10ヶ月齢
若い時からずっと足を挙上させたまま。
触診で膝蓋骨は正常な位置に戻せなかった。
この症例の場合、膝蓋骨は重度に変位しており、膝の内側の真横に位置していました。
成長期でしたので、骨の成長板が閉じてからの手術としました。
この症例の場合、外側関節包が重度に萎縮していましたので、一度関節包を解放し整復しました。
1ヶ月ほどかけて徐々に足がまっすぐ伸びるようになり、現在では全く運動障害なく過ごせています。